丁寧に暮らせません

松浦弥太郎さんの文章は短いものを時々目にする機会があって、素敵な言葉だな、いつもと思っていました。
きっとすごく頭のいい人、静かで穏やかだけれど芯がしっかりしていて自分の信念を持っている人、何が素敵で何がカッコ悪いかをちゃんと知っていて、自己を確立している凄い人、のような気がします。

「自分らしさ」はいらない くらしと仕事、成功のレッスン

松浦 弥太郎/講談社

みなさんご存知かと思いますが、松浦弥太郎さんは『暮らしの手帖』の編集長を長いことされていた方で、その後クックパッドに転職された時にはそのことが驚きを持って報じられました。「松浦さんらしくない」と何度も言われたそうです。
ですが実は『暮らしの手帖』の仕事をする前も、やっぱり同じように「松浦さんらしくない」と言われたのだとか。
それでも長年一生懸命仕事をするうちに、「らしくない」と言われたその仕事が「松浦さんらしいですね」「松浦さんそのもののお仕事ですね」と言われるようになっていったのだそうです。
自分のやりたいこと、自分の目の前の仕事を一生懸命にやっていけば、それが自ずと自分らしさを形成していくのであって、何もわざわざ「自分らしさ」の枠にとらわれて、「これは自分らしいかな?」なんて考えることはないのだという冒頭のくだりは、なるほど確かに、と深く肯きながら読みました。

ここまでは素直に読めたのですが、実はこの本、読んでいるうちにだんだんしんどくなってきてしまいました。
正しくて頭が良くてセンスもよくて丁寧に暮らしている立派な大人の人に、自分の至らなさについて事細かに指摘されて怒られているような、そんな卑屈な気持ちになってしまったのです。

なにごとにも頭だけでなく「心をつかって」考えなければいけません。また、誰も見ていないひとりの時でも、ものの置き方、引き出しの開け方、座り方、ごみを捨てるときの手の添え方にも「心をつかった」ふるまいをするべきです。そういったことにその人の品性がでるのです。さあ、あなたはできていますか?
静かな穏やかな、でも断固とした口調でこんな正しい立派なことをずっと言われ続けたら、行動も考えもがさつで至らない私は、ああ、もう、本当にすみません。どうかそのくらいで・・・と、ペコペコしながら後ずさりしたくなってしまいます。

『丁寧な暮らし』は正しく、素晴らしいものだと思います。実践されている方に憧れもしますし、もういい大人なのだから自分もそういう方向に行かなければ恥ずかしいとさえ感じます。ですが、私が私の「心をつかって」考えてみると、私は特にそういう『丁寧な暮らし』がしたいわけではないようです。
疲れて帰ってきたらコートはひとまずソファに投げっぱなしで自分のためにお茶を入れたりソファに寝そべって休みたい。
ティッシュをゴミ箱に投げ入れることも、せめて一人の時は自分に許したい。うちのゴミ箱はなかなか優秀で、口部分のフチに厚みがあり中心に向かって斜めに下がっているので、ぽいっと入れた時にフチに当たって上手いことナイスインするのが気持ちいいのです。
美しく繊細な食器は素敵だけれど、常に扱いに気を遣うのは面倒です。だから見た目も気に入って、かつ丈夫で扱いがラクな食器を選びたい。
テーブルにちょっとコーヒーや醤油をこぼした時に、手元のティッシュ箱からシュッと取り出して拭いてしまうのは悪いことだったの?もはや条件反射のような行動になっております。。。


松浦さんは正しいのです。松浦さんが心を込めて書かれたこの本にあるくらしと仕事のためのたくさんのヒントをちゃんと受け取れないのは、きっと私の心が歪なのでしょう。そんな「私らしい」歪みにこだわるのをやめてしまったほうが、きっと人生は成功に近づくのだと、頭では理解できていますが。。。。。


私にとって、これはそういう本でした。


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# by vitablommor | 2018-01-17 08:40 | 本・CD・DVD | Comments(0)

惑い迷う私と本と

宗教にどっぷりハマっている人は迷うってことが無いんだろうなあ・・・と思ったりします。

所謂(怪しい)新興宗教の人のイメージで「どっぷりハマっている」というちょっとネガティブな言い方をしたけれど、そういうのじゃなかったとしても、強い信仰がある人は、それが揺るぎのない指標になるわけだから、これは良し、これはダメ、という判断や価値基準にブレがないような気がする。
色々考えたり悩んだり迷ったりするとき、そういうのラクでいいかもなあ~・・・と怠惰な私は少し憧れます。

『星の子』は、我が子の皮膚湿疹で悩んでいた時に、同僚が勧めてくれた聖なる水『金星のめぐみ』で湿疹がおさまったのをきっかけに、とある宗教に没入していくことになった夫婦とその娘のお話。
淡々と描かれる、少女と家族と周りの人たちの日常が、なんというか、『怪しい新興宗教』が一つ軸になっているにもかかわらず、意外にもとてもフツウ。
主人公のちーちゃんは両親に愛されているし、少ないけれど学校の(非宗教)友達もいる。宗教団体の集会でも、同じような年齢の子ども同士、トランプやUNOでくったくなく楽しく遊んでいるし、普通のお菓子も食べる。
両親はいつも緑のジャージで、外でも頭に『金星のめぐみ』に浸したタオルを乗せた格好で過ごしていて不審者と間違われたりするし(河童と思われたりもするし)、親戚の伯父さんはそんな妹夫婦の現状をひどく心配して、ちーちゃんだけでもその宗教から引き離そうと何年越しかのアプローチをあきらめずにいるし、賢い姉は両親の変わり様を嫌って家出するし、学校の先生は宗教のことを知った途端に偏見の目を向けてくるのだけれど。
そしてちーちゃんも、自分の環境が普通とはちょっと違うことに気づいているし、両親に違和感を感じないわけではないのだけれど。

読んだ後まで心がざわざわする感じの本で、特にラストシーンは「どういう意味?どっちの意味?どういうこと?」って考えてもやもやしました。

ちょっともやもやしたけれど、読後感が悪いという意味ではないです。

文章も良くてさらさらとあっという間に読めてしまうけれど、読んだ後も結構残るものがあると言う意味で、凄い小説。



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# by vitablommor | 2018-01-16 09:47 | 本・CD・DVD | Comments(0)

最近の気づき

めっちゃおしゃれなはずの服が、私が着るとなんだかもっさりした服に変化したり、
手が真っ白になるほどたっぷりハンドクリームをつけても、5分後にはもうスマホも反応しないくらいカサカサの手を保持し続けていたり、
ふと思いついたことを「そうだ!忘れちゃうからメモしよう」って思ってメモとペンを手にした瞬間にもう忘れていたり、
「あと1時間もあるから余裕」って思って出かける用意をしていたはずなのになぜか遅刻したり、

最近の私の負のポテンシャルがなんかすごい。

***

バランスボールを買いました。
わりと簡単に、足を上げた状態で座って一定時間バランスをとれるようになったのですが、調子に乗ってボールの上で伸びをしたら、つるっと滑ってふすまの端で膝を強打しました。

『スポーツは体を壊す』という自説が強化されました。(スポーツて…)

***

久しぶりに図書館に行ったら読みたかった本があれもこれもあって、喜んで山積みの本を持ってカウンターに行く直前で利用者カードを忘れたことに気づいてがっかり。
バカな自分に腹を立てながら本を全部戻してすごすごと図書館を出ようとして、いや、でも待て、ひょっとしたらイケるかも?と試しに職員さんにカードを忘れたことを告げると、住所氏名電話番号を書くだけであっさり貸し出ししてくれました。なんと!
そんなに簡単でいいなんて・・・身分証の提示くらい求められてもよかったのよ?

おばさんになって恥を恥とも思わなくなるのは一般的に良くない事なのかもしれないけど、おかげさまでラクになったことがたくさんあります。何でも言ってみるもんだ。

***

箱根駅伝で走っている選手がどんなに苦しそうでも見ていて平気だけれど、「はじめてのおつかい」は番組予告で泣いてる子どもを見た時点でもうなんだかしんどくなってしまう(なので本編は見ません)。
年末恒例の「笑ってはいけない」は基本楽しく見ているんだけど、田中タイキックと方正ビンタは本人たちがかなり本気で嫌がっているのが伝わるので、もうやめればいいのにと思う。

本人が納得して率先してやっていることでしんどいのはアリだけど、本人の意図を越えた所でしんどい思いさせられてるのは見てる方もツライ。

「はじめての・・」はもう20年以上やってるけど、道に迷ったりなどして不安になったり怖い目にあったことがトラウマになった子どもがいないのか心配。ぜひ大きくなった元出演者に、その時の気持ちを聞いてみてほしいなあ。。。

***

『#metoo』のセクハラ告発の動きが行き過ぎだって、カトリーヌドヌーヴさんらが公開書簡を出して「性暴力は犯罪だけど、男性にも口説く自由はある」などといった発言をして、これが物議をかもしているのだそうです。

セクハラや性暴力は本当に憎むべきものであるにも関わらず被害者が声を上げにくいのが実情で、そんななか勇気をだして声を上げた人たちから見れば、カトリーヌドヌーヴさん達の意見は反発したくなって当然だろうなと思うのですが、その一方でこうした動きがエスカレートしていく中で、実名告発される男性たちに冤罪被害もでてくるのではないかしら?と危惧しています。痴漢の冤罪を描いた『それでも僕はやってない』って映画があったけど、今でも痴漢被害で訴えられたら無実の証明って本当に難しくて99%以上が有罪になっちゃうんだそうで、もし家族や友人がそんな風に陥れられたらと思うとゾッとします。

でもホント、「それセクハラだよ?!」ってことがわからないおっさんもいっぱいいるからなーーーー。言っても聞かないやつとか。

だけどこんな風に、小5の教室みたいに男子と女子が憎み合っていがみ合う感じじゃなくて、もっと皆が本当に納得できるような、なんか上手い方法はないのか???AIに考えてもらえばなんとかならないか?(2030年には人間よりAIの方が完全に賢くなるんですって)って思います。

***

ぼやきから始まって最後真面目になっちゃった。

寒くて乾燥した日が続いているので(場所によっては大雪や吹雪のところも!)体調には気を付けてすごしていきましょう。

なんでこんな、気候的にも体調的にも突発事態の起こりやすい季節に受験があるんでしょうね?日本も9月入学にして、受験を6月とか7月にすればいいのにね。






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# by vitablommor | 2018-01-11 13:47 | ひとりごと・日常 | Comments(0)

本読みの記録

お正月が終わって、それに続く3連休が終わって、いよいよ通常モードに突入といった感じですね。
3連休と言えば、成人式では当日に晴れ着屋さんが逐電し、せっかく用意していたはずの晴れ着が着られなくなるというトラブルが各所で起こったようで、被害を受けられた方は本当に大変でしたね。私は成人式に出席しなかったし着物も着なかったので、成人式の晴れ着に対する思い入れってよくわからないのだけど、当日お店に行ってみたらもぬけの殻だなんて、それはもう、とんでもなくショックだったことでしょう。
ただ、その事態を知った美容院関係の方や着物関係の方たちが、「着物貸します」「着付けできます」とSNSで呼びかけ、大勢の方が急遽ボランティアで動いてくれてなんとか晴れ着を着ることができたお嬢さん方もおられたとこのことで、助け合いの輪が瞬時に広がったという温かなニュースに、部外者としてはほっこりもしました。


さてさて。それはそれとして今日は連休中に読んだ本の記事です。

おあとがよろしいようで

オカヤ イヅミ/文藝春秋

よくある「最後の晩餐に何食べたい?」っていう質問を、15人の作家にしてみたら・・・という漫画です。

最後に食べたいもの、の答えとして出されたものを一緒に食べながら、どうしてそのメニューなのか、それを食べた後の死ってどういうイメージなのか、などなどインタビューするうちに、その人の死生観のみならず、人となりまで見えてくるのが(というか作者のオカヤさんが気づいていくのが)面白かったです。
メニューが人それぞれなのはもちろん、「最後の晩餐」と言われて自分ひとりの死をイメージする人と人類滅亡をイメージする人がいて、また、人類滅亡イメージ派でなくても「最後の晩餐」をひとりで食べる想定の人と大勢で食べる想定の人がいて、それらの違いも興味深かったです。
私は大勢で食べる晩餐のイメージで考えたことなかったなあ~・・・

ちなみにメニューは未だ決められません。
作中で「アイス」って言ってる人がいて、それもいいなと思ったのですが、最後はお腹の中は温かであってほしい気もするし・・・なかなか決められなくて、だからこういう話って何度でもできちゃうんでしょうね。作家さんと違って一般人同士の話だと、きれいにオチがつかなかったりしがちですけどね。


つづいてはこちら。こちらもすごくよかったです。

まじめに生きるって損ですか?

雨宮まみ/ポット出版

webでやっていた人生相談・・・というか、「あなたの愚痴、聞きます」という企画の書籍化。
人生相談みたいにスパッと解決しようとするんじゃなくて、「正しい答えなんか欲しいんじゃなくて、ただ聞いてほしいってこともあるよね、そういう愚痴を吐き出してほしい」という呼びかけに応じて寄せられた「愚痴」の数々と、それらの愚痴をじっくりと聞いて、気持ちに寄り添って、真摯に答えていく雨宮まみさんのお返事。
これがね~、本当によかったですよ!

解決しようとするんじゃなくて聞くだけ、言う方も言いっぱなし、というのが女界の悩み相談の基本だとよく言われますが、それでも「それはあなたの努力が足りない」とか「あなたなんてまだ恵まれてる方」なんていう「正しい」ジャッジで口を塞がれてしまうこともある。
雨宮さんは「でも『正しい』ことって、本当にそんなに『正しい』のかな?」と考えます。
全ての人の状況は一人一人違うし、すべての人が同じだけ努力して同じだけ苦しまなくてはいけないなんてことはない、自分が苦しいと感じたら、それはもう「苦しい」んだって認めてあげていいじゃないですか、と。

読んでいて本当に心救われる気がしましたし、私もそういう正しさの刃で、他人の愚痴を封殺したことがあったかもしれないな~と大いに反省もしました。傾聴って難しいって言われるけど本当ですね。愚痴を吐き出した人の悪い所を指摘したって仕方ないんだよね。。。

雨宮まみさん、一昨年40歳の若さで亡くなったのだそうです。この本は30代の時に出されたもの。その若さでここまでの達観は凄い。今更ですが惜しい人を亡くしました。
雨宮さんの他の書籍も読んでみようと思います。



なんか本ブログになっちゃってますが。。。

年賀状で、今年も帽子を楽しみにしていますってお言葉をかけてくださった方が何人もいらっしゃって、本当にありがたいと思っています。今は個人的事情から気持ちが製作に向かなくて、ちょっとお休みしてしまっていますが、またリスタートする季節も来ると思います。その時まで、ブログはこんな感じですが、よければお付き合いください。


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# by vitablommor | 2018-01-09 11:04 | 本・CD・DVD | Comments(0)

村本称賛

昨年の『THE MANZAI』以降、ウーマンラッシュアワーの村本さん、好きになりました。
批判と称賛と、多分両方が寄せられただろうけど、私は称賛したい。


知らなかったけど年末年始の『朝まで生テレビ』にも出てたのね。
この記事にも批判を寄せてるネトウヨの人いっぱいいるみたいだけど、本気で色々考えているのかなあ?
わからない、知らないことは堂々とそう言っていいし、おかしいなと思ったらバカ扱いされてもやっぱりおかしいと思うって言わなきゃならないと思う。かしこぶっていたら簡単に呑み込まれてしまうから。「よくわからないけどそれは変だと思う」でも全然よくない?そもそも本当に賢い人は、人の素朴な疑問を馬鹿にしたりしないしもっと正面からちゃんと答えるものだと思う。
賢そうな言葉やバカにするような言葉や、批判や脅しで都合の悪い意見を封じようとする人たちが多くて、よくわからないから言うこと聞いとこうって、その方がラクだしって思ったとしても。何かとんでもなく困ったことになった時には、偉そうに頭良さそうに持論をぶっていた人たち、きっとだれもその責任を取らないよ。70数年前がそうだったでしょ?

「僕はですよ」って「僕」個人の意見や疑問を堂々と言い切った村本さんは立派だと思います。
私も「私は」ってちゃんと言える人でありたい。そうあろうと思う。

ひとまず私が思うのは、選択肢が2つしかないみたいな感じになってる時は、大体権力者が誘導狙ってる時。第三の選択肢が本当にないのか、疑ってみた方がいいと思う。
あと何かって言うと政治批判するなって暴力的に叩こうとする勢力何なの?政治なんてそもそも国民の批判にさらされながらやっていくべきものでしょ?それができなかったら独裁でしょ?



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# by vitablommor | 2018-01-06 00:57 | ひとりごと・日常 | Comments(0)

コサージュや布雑貨の製作、販売をしています。 


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