伝説のお母さん

昨日の記事で、結婚して子供を持った後の働き方が女性だけの問題のようになっているのは理不尽、ってなことを書きましたが、この記事を書いた数時間後に、書店でこちらの本を見つけました。

伝説のお母さん

かねもと/KADOKAWA


本の内容をさらっと紹介すると-
かつて魔王を封印した伝説の魔法使いである主人公、平和になった世界で結婚、出産。0歳児を抱え専業主婦をしていたところに魔王復活。国王から再度の魔王討伐の命が下るも彼女には事情があった。
「いや、それはすぐにでも戦いに参加したいんですけど」
「あの こちらは子供もいますし」
「だ、だから無理なんですって
保育所空いてないんですよ!」
保活の激戦区で待機児童は100人!夫は家事育児に関する当事者意識ゼロ!さらにかつての仲間だった伝説の勇者は、保育所完備、完全週休二日で残業ゼロと高待遇の魔王側に寝返った。国王はなんとしても伝説の魔法使いに復職してもらおうと魔法使いの夫を失業させて彼に育児をさせようとするが、「家事育児は女の仕事だろ」という夫は、失業しても家庭ではやっぱり役立たずで・・・・・。

どん詰まりの状況から、さて伝説の魔法使いはどういう行動に出るのか?「お母さん」と「魔法使い」の両立は無理なのか?
…という感じで、ストーリーとしてはファンタジーになるんですが、ワンオペ育児をする女性のリアルが詰まっていました。
面白かった!

a0213793_14285466.jpg
夫があてにならないため子連れでモンスター討伐に出るも、まるで仕事にならなかった日の夜の場面
金髪が主人公の魔法使い。昨日の私と同じこと言ってるのは伝説のシーフ(私は根絶やしとは言ってない)



この作品、書籍化以前にTwitterで発表された直後からかなり話題になってたみたいなんですが、私はそれを全然知らなくて(そもそもツイッターやってないし)、本当に偶然、昨日のブログを書いた後に、本屋さんに平積みされていたこの表紙が目に留まって読んでみたんです。引き寄せ!

こちら、書籍化された今もネットで(無料で)読めるようになっているみたいです。かねもとさん、欲のない方!
ネットだと4コマ形式なので、書籍の方が読みやすいとは思うのですが、即買いするほどではないけどちょっと興味あるから試し読みしたいよって方はこちらから読めます⇒


8月10日、ハットの日ですが、とてもじゃないけどアイロン使える暑さじゃない。
秋がくるのを待望しております。

本日もおつきあいいただき、ありがとうございました。

[PR]
# by vitablommor | 2018-08-10 15:11 | 本・CD・DVD | Comments(4)

長崎の鐘が鳴る日

本日もきてくださってありがとうございます。
本日、8月9日は長崎に原爆が落ちた日です。
73年前。
うちの父と母が子どもの頃の話です。
最近になって知ったのですが、長崎は山が多くて、その山がいわば防波堤となってくれたことで、広島よりも被害の範囲が狭かったのだそうです。
そういえば父と母も、「昼なのに山の向こうの空が夕焼けみたいに空が真っ赤になった」と語っていました。
11時2分のことでした。

長崎や広島の小学生は、学校でさんざん原爆に関することを学ばされるのですが(すごく嫌そうに書いてしまった。実際怖くて嫌だったんです。でも今は大事な教育だとわかります。)、私が子どもの頃は、それを教える先生方の半分くらいは戦争体験者でした。
なので先生個人の実感とか、怨恨とか、私見とかも、ちょいちょい混ざっていたように思います。

5年生の時の先生は、なぜアメリカがドイツではなく日本に原爆を落としたかって言うと、ドイツ人は自分たちと同じ白人だから、アジア人の国である日本に落としたのだ。アジア人への差別意識が、原爆投下の地を日本に決定させたのだ、と熱く語っていました。

ヒトラーの自殺が4月、ドイツの降伏が5月、マンハッタン計画による最初の核実験がその後の7月なので、完全にその先生の妄言だと今なら思うのですが、子供の頃はそういうの知らないから、そうなのか~、私たちはアメリカに下に見られているから原爆を落とされたのか。。。って思っていました。

でもあの時既に状況的に負けが確定していた日本に対して原子爆弾を投下する必要はなかったのに、と、それは今でも思う。
「アメリカは原爆投下実験をやりたくて、それにはアジア人を標的にする方がやりやすかったのだ」という同じ先生のこの言葉も、多分根拠なく言ってただけだと思うけど、それはちょっと当たってるのじゃないかと、実は私も疑わしく思っています。


意図はどうあれ、73年前の今日、長崎に原爆が投下されました。
そのことで今も苦しんでいる人がいます。
現地長崎では、平和を願う多くの人が、長崎の平和公園で「長崎の鐘」を鳴らすという企画を今日までやっているそうです。
平和を願う鐘、私も心で鳴らしたいと思います。


今日はもう一個記事を書きました。
よかったらそちらも読んでいってくださるとうれしいです。↓


[PR]
# by vitablommor | 2018-08-09 11:02 | ひとりごと・日常 | Comments(0)

ちょっと違うんじゃないか?って思ったこと

長くなりますが最近思ったこと。
もしお暇でしたら読んでってください。忙しい方はスルーで。

それちょっと違くない?って思ったこと
その①
某東京医大入試の女子差別問題の話。

これに関して現場で働く女性医療従事者のうち過半数が「(ある程度)理解できる」「仕方ない」と言う意見であると新聞で読んで驚きました。
曰く、「自分も家事育児のために仕事を調整しており、働ける男性が優遇されることに大きなことを言えない」
って、それってちょっと違くない???

そもそも結婚して子供が生まれた後も男性は今まで通り働けるけど女性は仕事を調整しなくちゃいけない、それが当たり前という状況に、医学部出てるくらいの頭のいい人たちがなんでもっと疑問や憤りを感じないんだろう?
なんで結婚して子供もいる男性が独身の頃と同様に働けるかっていったら、そこで生じる家事育児を女性にほとんどやらせてるからってことじゃない?なんで仕事と家事育児の両立がいつも『女性の問題』として語られなければならないのか?

こういうことは個人個人事情が違うから、それぞれの人がどんな生き方をしても自由!私もほぼ専業主婦なので家事育児のほとんどを私がやってます。だけどそれはそれとして、いつまで一般論として「女性は家事育児との両立が大変(で、離職したり仕事を減らしたりする)」だが「男性は結婚して子供が生まれてもそれまでと同じように仕事をする」のを当たり前にしているつもりなんでしょうね?そしてそのことで女性が仕事に関して負い目まで感じなきゃいけないんでしょうかね?

河出書房新社の女性編集者が、これでは19世紀となんら変わってないじゃないか、と怒りのツイートをするのも当然です。
(ちなみに19世紀、女性が医学を学ぶと「胸が萎む」というトンデモ言説があったそうですよ。アホか)
私たちは女性差別を「仕方ないこと」「これは普通のこと」と慣らされすぎているのだと思います。

男性と女性は性質が違いますから、同じ仕事を同じようにすることは出来ないという部分はもちろんありますが、それによってどっちが偉いだの劣っているだのという話にはならない。(。。ってことを、もう何年何十年どれだけ多くの人が叫び続けていることか。)

話が逸れるけど今の社会の男女平等っていうのもちょっと違ってないかと私は実は思ってて、今の社会の仕事における男女平等ってどこか「女性が男性と同じ仕事を男性と同じようにやることを認めてあげるよ」的な感じになってるけど、なんで女性が男性の働き方に合わせて男性と同じようにやらなくちゃいけない?それって平等?女性にだけ余分な努力を強いてませんかね?って思う。ま、この話は長くなるので置いておきますけど。

そもそもどうしても男子を多く採りたいなら、定員を男子70名女子30名とかって明示しておけばよかったのに。それを明示しないまま男子からも女子からも同じように受験料とって試験受けさせておいて、裏で女子だけ減点なんて、受験料どろぼうで訴えられてもいいくらいだよ腹立たしい。



それちょっと違くない?って思ったこと。
その②
まあこれはささいな、どうでもいいような話。

先日のことですが、書道(ペン字かも?)の先生をしていると思われる方が、
『よく「私、本当に字が汚いんですが大丈夫ですか?」と言われる方(←多分、教室の見学に来た生徒さん)がいますが、私はこれまで汚い字なんて見たことがありません』
と書かれているのを見ました。
曰く『一生懸命、心を込めて一字一字丁寧に書いた字が汚いはずがない』『字がきれいと言われる人が適当に書いた字よりも、それはきれいな字といえるはず』(うろ覚えですが大体こんな感じのこと)

これを読んで、ちょっと心がもにゃもにゃっとしまして…。

なんか、あれを思い出した。昔、大人がよく言ってたやつ。

『容姿よりも心がきれいであることが大切』
『心がきれいなら容姿なんて関係ない』
・・・っていう、あれ。
子どもの頃「ウソつけ」って思ってた、あれ。


でも、別に嘘ってわけじゃないんですよね。字のきれいさも、容姿よりも心ってことも。
私も別に嘘だと言いたいわけじゃないんです。そういう面も確かにある。だがしかし!

今は精神の話じゃなくて、造形の話をしてるんです。
って言いたい。


こう、話題をいつの間にか精神論(に限らず)にすり替えられることってありますよね。
そういう話術が上手な人っていて、こちらとしては一瞬「もやっ」とするんだけど、それが何に対する「もやっ」なのか、言語化する前にどんどん話を先に進められちゃって、いつの間にか言いくるめられていたり。
そういう時の「もやっ」は絶対無視しないことが大切だと、大人になってわかるようになりました。
相手の話を途中で遮って「なんかもやっとする」「なんでかわからないけどもやっとするから、ちょっと考えさせて」って言わないと、いろいろ後で納得のいかないことになります。
中島みゆきもそう歌ってる。(Why&No)

気をつけよう。


以上、それ違くない?って思った話でした。
おつきあいいただき、ありがとうございました。
あとでもう一つ記事を載せます。今日は長崎原爆記念日ですので、その関連の話を少し。
よければそちらも読んでくださるとうれしいです。




[PR]
# by vitablommor | 2018-08-09 10:43 | ひとりごと・日常 | Comments(7)

広島に原爆が落ちた日

毎日暑くて暑くて、「暑い」意外何も考えられなくなりそうですが、ふと気づけば今日は8月6日。
73年前に広島に原爆が落ちた日です。

現地広島では、今、地元の高校生たちによって、原爆投下直前と直後の広島の街がVRで体験できるシステムが開発されているのだと、先日テレビで見ました。
「VR?!いや、それ、トラウマになるわ」とドキッとしましたが、VRのなかの広島市には人や動物がいませんでした。ホッとした。
でも、それでも十分ショッキングな光景ではありました。

同じテレビ番組の中では、外国人観光客に平和記念公園で英語のボランティアガイドをしている高校生達の光景と、ガイドを受けた外国人へのインタビューも放送されていました。
「平和が大事」「戦争はダメだと思いました」とみんな口を揃えて言ってて、そういう当たり前の、ごく普通の感覚を全世界の人が持っているはずなのに、世界から戦争や戦争の危機がなくならないのはどうしたことか?と思わずにはいられませんでした。

それにしても、原爆の惨状を語り継いでいこうとする広島の高校生たちは偉いな。

若い世代に引き継がれた原爆の記憶が、世界中の人がもっているはずの平和への希望が、核のない平和な世界に、繋がっていきますように。



[PR]
# by vitablommor | 2018-08-06 08:06 | ひとりごと・日常 | Comments(0)

プライバシーについての時代感覚って?

前記事でさんざん家事が面倒だ面倒だって書いていたら、夫が唐突に「風呂洗い、今日は俺がやろうか?」と言って、夜にお風呂掃除をしてくれました。
彼は普段も休日は風呂洗い担当をしてくれているのですが、平日にやってくれるなんて結婚以来初です。

偶然でしょうか?

もしかして夫はこのブログを読んでいるのでしょうか?

まさか私の身元を知っている誰かが夫に「奥さん、こんなこと書いてましたね」って言ったのでしょうか?


三番目が一番ちょっと、これ、ツライっす。


でも最近はあれですってね、SNSの大流行に伴ってプライバシーが思わぬところまでダダ漏れしがちみたいで、職場の同僚さんが自分の娘(会ったこともない)の近況にやけに詳しいから「なぜ?」と思ったらその人、娘のSNSフォローしてた!なんてこともあるんですってね。(←友人から聞いた話)

SNSを公開でやってる以上、だれがフォローしてもいいんでしょうけど。
いや~、でもそれはちょっと、やめてあげてほしいな、って個人的には思いました。
そのあたりの感覚って、人によって結構大きく違うんでしょうかね?
上記の同僚さんは多分まったく悪気なくフォローしていて、だからこそ話題にもできたわけだし。


あなたは友人(同僚)の娘や息子のSNS、フォローしますか??

「いや~、しないしない」って、その時話を聞いていた私の友人一同は、みんなして首を横に振りましたけど。この感覚が必ずしも一般的ではないの???

私は、友人の娘息子の私生活までさほど興味ない、ってのもあるし、それ以上になんだかプライバシーの覗き見感覚があって申し訳ない気がして、もし偶然彼ら彼女らのSNSを発見したとしても、マナー上、フォローは控えるべきかなって思うんですが(その娘さん息子さんと以前から仲良しで、みたいな場合は別ですが)。そういう感覚って、今みたいにSNSでプライバシーを積極的に公開していく時代には古いんですかね~?若者たち的には、よく知らない母の友人からフォローされていても案外気にならないのかな?


私はなるべく身元バレしたくなくて、活動名も日本人なのにblanca*だし(和名にするんだった!と度々思っているけど)、家族のことをブログに書くときも子どもの学校や夫の職場等がわからないように気を遣って書いています。
だって「職場の〇〇さんの奥さん」あるいは「子どもの同級生のお母さん」が書いたブログって思って読むのと、「誰だか知らないけどblanca*って名前で帽子作ってる人」が書いたブログって思って読むのとでは、興味の方向性がちょっと違ってきますよね。

例えば前の記事だと、知らない人が読む分には「家事のメンドクササとそれを理解されないことへの怒りや愚痴」だと思ってもらえると思うし、私の知人友人が読む分場合には「ブランカさん吠えてるわ~(笑)」って感じではあっても、私の意見として文章を読んでもらえると思うんですが、夫の同僚が私との関係性を知ってて読んだ場合「○○さん、奥さんにめっちゃ怒られてるわ(笑)」ってなりますよね。どうしても。
それはちょっと意図と違うっていうか、そうなるのはちょっとな~。。。夫も気の毒だしな…ーmー 

・・・・・だったら書かなきゃいいだろって話になるんでしょうか?
う~ん。。。そうなの?
今、もうそういう感覚が普通なの???
だとしたら、ちょっと窮屈です。私はね。


ま、多分夫がお風呂洗ってくれたのはブログとは関係なく、私が仕事に行く前にバタバタとお風呂掃除やトイレ掃除をしているのを見て、なんだか大変そうだなって思ってくれただけの偶然だと思うのですが。
すごいタイミングだったのでびっくりして、友人の話を思いだしたのもあって、もしやの妄想を膨らませてみました。



本日もお付き合いいただき、ありがとうございました。

[PR]
# by vitablommor | 2018-08-02 18:18 | ひとりごと・日常 | Comments(2)